07
2016

母が私の年齢のときは

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母はとても働き者でした。実家は印刷業でしたので、いつ来客があってもいいようにと、起床と同時整髪し、薄化粧を済ませ、まず職場のお掃除から開始。80歳を過ぎてなお現役(といっても、やはり年齢は年齢ですから若いときほどの仕事量はできなかったようですが)。家業を受け継いだ次兄を手伝っておりました。もちろん、父もきれい好きでしたから、同じく起床と同時に整髪、掃除と、2人とも、こうでなくちゃというお手本のような両親でした。

その母も、心臓が悪くてペースメーカー植込みをしていたのですが、今、私が考えると、まあほんと、あれだけよく働けるものだと。起業したのが私が5歳のときでしたので、起業から何年かは軌道に乗せるため、それはそれは大変だったらしく、夜なべ仕事もたびたびでした。私はまだ幼かったものですから、「お母ちゃん 早う寝よう」と、職場を覗いては母によく甘えていたものでした。その母も、今はなく、、、私はあの母のようには働けないなと。。。


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                               フレームアウトしてしまったムー


この病気になるまで私は、ほとんど病気とは縁がないほどの健康体だったのです。それが、ある日突然こうなってしまって。それからというもの、病気のため、お仕事は定年前に退職。バレーボールもテニスも、運動とつくものは一切だめで、以後、自宅でぐうたら生活。何をするにも時間がかかるので、チンタラチンタラ、くっしょ~と時には腹立つことがあっても、できないことはできないのですからしょうがない。 (ヘ;_ _)ヘ

これではいけないと思っても、人間いったん楽をすると、どんどんそうなってしまって立ち直りが利きません。
できない? え? 明日入院・治療をしてもらったら…、本当に元気になるのかな?
そうなったら、やりたいことがいっぱいある。(ただし、これは今回の狭心症に限ってのことなので、全身性強皮症とは関係ありませんが)

80歳を過ぎても、なお現役で頑張っていた母のようにはいかなくても、
少しは近づけるかな?
ちゃ~ん、見守っていてね。絶対頑張るから!


ンプレートの関係なのかもしれません、字詰めが変なのです。デスクトップPCで確認した状態とノートパソコンで確認した状態が異なるのです。
したがって、改行位置にずれが生じ、お見苦しいところがあるかもしれません。字詰め何文字でぴったり1行に収まるのか、後ほど検証してみます。
それまでお見苦しい点があるかもしれませんが、確認、調整するまでしばらくご猶予願いたいと思います。<(_"_)>ペコッ



ご訪問ありがとうございました。
よい一日をお過ごしくださいね。




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Tag:全身性強皮症 狭心症

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